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横浜地方裁判所 昭和54年(行ウ)17号 判決

原告 杉浦ふみ子

〈ほか二九名〉

右原告ら三〇名訴訟代理人弁護士 柴田勝

同 田中仙吉

被告 横浜市長 細郷道一

右訴訟代理人弁護士 綿引幹男

被告 横浜市建築審査会

右代表者会長 中村幸義

右訴訟代理人弁護士 横山秀雄

主文

一  原告らの被告横浜市長に対する訴えをいずれも却下する。

二  原告らの被告横浜市建築審査会に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告横浜市長が昭和五三年六月五日付けでした原告らに対する左記の壁面線指定処分を取り消す。

横浜市中区山下町地内の前田橋より南門通りを経て中華街東門に至る道路の境界線から水平距離で二・〇メートル後退した位置において地盤面から三・〇メートルまでの部分に壁面線を指定する。

2  被告横浜市建築審査会が昭和五四年五月一五日付けでした原告らの昭和五三年一二月二三日付審査請求に対する裁決を取り消す。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告横浜市長の本案前の答弁)

1 主文一項と同旨

2 訴訟費用は、原告らと被告横浜市長との間においては、全部原告らの負担とする。

(被告らの本案の答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 主文三項と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

(被告横浜市長(以下「被告市長」という。)関係)

1  被告市長は、昭和五三年六月五日、請求の趣旨1項記載の壁面線(以下「本件壁面線」という。)の指定(以下「本件指定」という。)をした。

2  原告らは、本件指定の対象である道路に接する土地の所有権者、借地権者等の土地利用権者である。

3  しかるに本件指定は、建築基準法四六条一項、憲法一四条、二九条一項及び三項に反した違法なものである。

(被告横浜市建築審査会(以下「被告審査会」という。)関係)

1  原告らは、昭和五三年一二月二三日、被告市長に対し、本件指定の取消しを求める審査請求(以下「本件審査請求」という。)を申し立てた。

2  本件審査請求は、その後被告市長から被告審査会に送付されたところ、被告審査会は、昭和五四年五月一五日、本件審査請求を却下する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

3  しかるに本件裁決には、行政不服審査法(以下「行審法」という。)二条一項所定の「処分」及び同法一四条所定の審査請求期間の解釈並びに事実認定を誤った違法がある。

よって、原告らは、本件指定及び本件裁決の取消しを求める。

二  被告市長の本案前の主張

1  行訴法三条二項所定の「処分」は、これにより直ちに私人に対して特定かつ具体的な権利の侵害ないし制約を生ぜしめるものでなければならないが、本件指定は、特定の個人に対してなされる具体的な処分ではなく、本件指定によってその指定区域内の者に対し直ちに具体的な法的地位の変動を及ぼすものではない。

すなわち、建築基準法四六条一項所定の壁面線が指定されると、指定区域内(指定された線内)に存する土地、建物の所有者等の権利者は、建築物の壁若しくはこれに代わる柱又は高さ二メートルをこえる門若しくはへいを壁面線を越えて建築してはならなくなる(同法四七条)が、右指定があったからといって、直ちに既存建築物を取り壊す必要はなく、将来新築、増改築等をする段階において右制限を受けるにすぎない。したがって、本件指定は、指定区域内の土地建物の所有者等の法的地位に直ちに具体的な変動を及ぼすものではないから、抗告訴訟の対象となる処分に当たらない。

よって、被告市長に対する本件訴えは、不適法である。

2  本件指定に対する抗告訴訟については、建築基準法九六条に基づき、いわゆる審査請求前置主義が採られている。したがって、本件指定に対する抗告訴訟は、同指定についての審査請求に対する被告審査会の裁決を経た後でなければ提起できないところ、本件審査請求は不適法として却下されているから、被告市長に対する本件訴えは、審査請求前置の要件を充足していないことになり、不適法である。

3  本件訴えの出訴期間は、本件審査請求が不適法として却下されたのであるから、本件指定がされた日から一年以内となる(行訴法一四条三項)。

しかるに、本件訴えは、本件指定がされた日から一年を経過した後である昭和五四年六月一三日に提起されているから、不適法である。

4(一)  原告鄭寿殷、同加藤一夫、同呉秀雄、同林浩富、同友野誠次及び同森元嗣郎は、借家人である。借家の増改築等は、原則として禁止されており、その賃貸人の承諾がなければできない状態にあるから、右原告らは、本件指定により直接何らの影響を受けないことになるので、本件訴えの利益を有しない。

(二) 原告杉浦トシエ及び同稲村徳は、土地賃貸人である。土地賃貸人は、将来土地賃貸借契約が消滅しない限り、その土地は借地人の独占的利用下にあり、その土地上に建物等を建築することはできないのであるから、右原告らは、本件指定により直接何らの影響を受けないことになるので、本件訴えの利益を有しない。

三  請求の原因に対する認否

(被告市長)

請求の原因1、2項の各事実は認め、同3項は争う。

(被告審査会)

請求の原因1、2項の各事実は認め、同3項は争う。

四  被告市長の主張

1  本件指定の経緯

(一) 本件指定のなされた南門通りは、いわゆる中華街において、東西南北の門に囲まれた一角の東門(山下公園側)と南門(元町側)との間にある延長約三二〇メートル、幅員九ないし一〇メートルの道路である。本件指定前の南門通りは、ガードレールにより歩車道が区分され、歩道部分に電柱、自動販売機が立ち並び、文字通り裏通りと呼ぶにふさわしいところであった。そのため中華街発展会、山下町自治会、元町小学校長等の地元の各関係団体の代表は、昭和五〇年一二月四日、被告市長あてに南門通りの歩行者の安全確保対策を求める旨の陳情書を提出した。

(二) 他方横浜市では、都心プロムナード事業のうち石川町駅から山下公園に至るルートの設定及びそれに伴う南門通りの整備の一貫として壁面線の後退を検討していた。そして南門通り関係者は、横浜市の右意向に応じ、昭和五一年一〇月二六日、右事業を促進する地元組織として中華街プロムナード促進協議会(以下「促進協議会」という。)を設立した。なお、右協議会の設立趣旨に賛成し、壁面線後退に同意して同協議会の会員になった者は、昭和五二年一一月二日までに、南門通りに居住又は営業する者の総数五九名(ただし、同協議会の調査による。)のうち五八名に達した。

こうした地元の要望と組織の盛り上りを背景にして、南門通りにおいて、歩道の新設整備、街路樹の植栽、歩行者標識、絵タイル及び地図板の設置等のプロムナード事業が実施された。

(三) 更に横浜市は、昭和五三年二月二四日、「山下町南門通りの街づくり」の説明会を開催し、本件指定の意義及び手続について説明を行った。他方促進協議会は、本件指定について関係権利者の同意を集めていたが、同意者は関係権利者九一名中七七名に達し、同年三月二八日、同意者の代表として同協議会理事長名で、本件指定の同意書が横浜市に提出された。

(四) そして被告市長は、昭和五三年四月一五日付横浜市報によって本件指定のための公開聴聞会(以下「本件公聴会」という。)を昭和五三年四月二四日に開催することを公告し、次いで同月二四日、本件公聴会が開催され、地元から二二名の出席があった。

(五) その後昭和五三年五月一五日、被告審査会が本件指定に同意し、被告市長は、同年六月五日、横浜市公告第一八九号(以下「本件公告」という。)をもって、本件指定を公告した。

2  本件指定の適法性

被告市長は、建築基準法四六条一項に基づき本件指定を行い、しかも右1項記載のとおり、同条一、二項に基づいた公開聴聞を行い、同条三項に基づいて本件指定を公告したのであるから、本件指定は適法である。

五  被告審査会の主張

1  本件指定の行政処分性について

被告市長の本案前の主張1項と同旨。

2  審査請求期間について

(一) 行審法一四条一項所定の「処分があったことを知った日」とは、処分が社会通念上関係者の知り得べき状態に置かれた日を意味し、処分が法令に基づいて告示等の方法で公示されたときは、公示の日に知ったものと解されるべきである。

(二) そして横浜市においては、横浜市報発行規則に基づき、横浜市報に条例、規則、告示、公告等が登載される(同規則一条)ところ、本件指定は昭和五三年六月五日付け横浜市報に掲載されて公告されたのであるから、本件公告は適法である。

(三) よって、本件指定の審査請求期間は、本件公告の日である昭和五三年六月五日の翌日から起算して行審法一四条一項所定の六〇日以内であるところ、本件審査請求は本件公告から六〇日を経過した後である昭和五三年一二月二三日に申し立てられたのであるから、不適法である。

六  被告市長の本案前の主張に対する原告らの認否及び反論

1  認否

被告市長の本案前の主張1項は争う。同2、3項のうち、本件審査請求が不適法として却下されたことは認め、その余は争う。同4(一)、(二)項のうち、原告鄭寿殷、同加藤一夫、同呉秀雄、同林浩富、同友野誠次及び同森元嗣郎が借家人であること並びに原告杉浦トシエ及び同稲村徳が土地賃貸人であることは認め、その余は争う。

2  被告市長の本案前の主張1項に対する反論

本件指定は、特定行政庁たる被告市長が、その優越的立場において建築基準法に基づく法の執行を目的とした公権力の行使として行ったものであり、その性質、効果に照らして、行審法二条一項、行訴法三条二項所定の「処分」に該当する。その理由は、次のとおりである。

(一) 本件指定は、原告ら利害関係人の申請に基づくものではなく、特定行政庁の発意により、その公益的判断に従って一方的に行われたものである。

(二) 本件指定は、その指定区域内の土地利用者(所有権者、借地権者等)及び建物所有者等特定多数人を対象としている。

(三) 本件指定区域内の土地、建物の所有者等は、本件指定に基づき建築基準法四七条所定の制約を受け、右制約に抵触する建築物の計画は同法六条一項所定の確認を受けることができず(同法同条四項)、右確認を受けずに工事を強行した場合にはその関係者らは、一〇万円以下の罰金に処せられる(同法九九条一項五号、二項)。

(四) 抗告訴訟ないし行政不服審査手続に基づく権利の救済は、可及的に早い段階でなされるべきものであるから、本件指定に基づく土地利用権等の制約により、財産権及び生存権が侵害される危険の蓋然性が高い場合においては、それが現実に具体化する前に、抗告訴訟ないし行政不服審査手続に基づいて排除又は予防される必要がある。

しかるに、本件指定に基づく土地利用権等の制約は、行政指導に基づき本件指定同様の制約を原告らが課されることによって現実化しつつあり、既に本件指定に基づく原告らの財産権及び生存権が侵害される危険の蓋然性が存する。

(五) なお、土地、建物の利用権者は、建物の新築、増改築に関する建築確認申請が本件指定違反として拒否された段階においては、建築の必要性に迫られているために本件指定の効力を争うことは事実上困難であることを考えると、本件指定による制限はこの段階で具体的に確定してしまう危険があり、したがって本件訴えが不適法として却下されると、本件指定による利益侵害について、その司法的救済の途を閉ざし、原告ら地域住民の「裁判を受ける権利」(憲法三二条)を否定する結果となりかねない。

3  同2項に対する反論

建築基準法九六条所定の裁決は、当該審査請求の認容、棄却裁決のみならず、却下の裁決も含む概念であり(行審法四〇条参照)、また、本件訴えにおいては、本件審査請求が適法であること、つまり、本件裁決の誤りを理由として、その取消しを求めているのであるから、裁決庁たる被告審査会が本件審査請求を却下する旨裁決したとしても、本件訴えが裁決を経由しなかったことにはならない。

更に、不適法を理由とする本件裁決は確定しておらず、しかも、本件裁決の当否が現に争われているのだから、却下の裁決の適法、有効を前提とする被告の主張は、失当である。

4  同3項に対する反論

(一) 本件訴えにおいては、本件裁決の当否自体が審理されているのであるから、本件審査請求が不適法であると断定することはできず、かかる場合は、適法な審査請求があったものとみなして、本件裁決を基準として出訴期間を算定すべきである。

(二) 更に、被告市長は本件指定に際し行審法五七条一項所定の教示の義務があるにもかかわらずこれを怠り、そのために原告らは適法な審査請求期間を徒過してしまったのであるから、被告市長が自らの違法を看過して右期間徒過の責を原告らのみに負わせることは著しく信義則に反する。

よって、原告らには、行訴法一四条三項所定の正当な理由があり、被告市長に対する本件訴えは適法である。

5  同4(一)、(二)項に対する反論

借家人といえども、家屋所有者の承諾を得て自己の負担において増改築をする可能性があり、また賃借建物が改築された際、本件指定の制約に基づき賃借面積が狭少になり、更には使用し得なくなる可能性がある。一方、土地賃貸人としても、借地期間の満了等によって借地権が消滅し、自己所有地を利用できる可能性がある。したがって、本件指定に基づき被むる不利益は、借家人、土地賃貸人においても、建物所有者、借地権者等とさしたる差異はない。

七  被告市長の主張に対する原告らの認否

1  被告市長の主張1項の各事実のうち、本件指定について、原告らを含む地域住民の大部分が事前に同意していたことは否認する。仮に右事実が存するとしても、それは、本件指定が、南門通りに舗道を設置してもらうための便法であり、かつ、原告らが、後日地域住民の総意に基づいて廃止することができる建築協定にすぎないものと誤解したことに基づくものである。よって、右同意は、原告らの真意に出たものではないから、錯誤により無効である。本件公聴会に地元から二二名の出席者があったこと及び本件公告をもって本件指定が公告されたことは認めるが、その余の事実は不知。

2  同2項は争う。

八  被告審査会の主張に対する原告らの認否

被告審査会の主張1、2項は争う。

九  被告市長の主張に対する原告らの反論

1  本件公聴会の違法性

(一) 被告市長は、本件公聴会の開催につき昭和五三年四月一五日付横浜市報でその開催を公告したのみで、利害関係人に対して通知をしなかった。そのため原告らを含む利害関係人約七〇名の大部分は、本件公聴会の開催日時、場所等について確知しえなかった。そこで、本件公聴会に出席したのは、横浜市の担当職員が一二名、利害関係人が二二名にすぎなかったのであり、しかも右の利害関係人のうち一七名は、被告市長との密接な交渉の下に本件指定を推進するために結成された促進協議会の役員達であった。

(二) ところで、当時利害関係人のうち、本件指定に賛成したものは全体の約四割で、主に本件指定の実質的制約を受けにくいマンション等堅固建物の保有者であり、その余の六割は、近い将来に改築等を必要とするため本件指定の制約を受けやすい木造建物等非堅固建物の所有者、利用者等であった。

(三) しかるに被告市長は、利害関係人が本件指定につき十分な理解をしていない状態であるにもかかわらず、本件公聴会を一方的に強行し、しかも当日発言した三名の参考口述人及び五名の指定口述人を横浜市建築局の意向で個別的に選択して依頼し、利害関係人から広く募集しなかった。そして、指定口述人として賛成意見を開陳した四人のうち、隋、小倉、高の三名は本件指定により当面何ら不利益を被むらない堅固な建物の保有者であり、大滝は全く利害関係のない中華料理店陽華楼の従業員で促進協議会の事務局長であった。更にもう一名の指定口述人たる谷口宥一は、当初から反対意見を有していたのであるが、被告市長側から事前に強硬意見を述べないよう指導、工作をされた。

このような作為的人選及び事前工作の結果、本件公聴会は、終始賛成意見が反対意見を圧倒する雰囲気で強行され、反対意見を有する出席者の陳述の機会は事実上制約され、単に形式的なものに終った。

したがって、本件公聴会は、建築基準法四六条一項の趣旨に反し、利害関係人間の公平を失するものであって違法である。そうであれば本件指定の手続もまた、全体として違法であるといわなければならない。

2  本件指定の違法性

(一) 本件指定に係る道路に隣接する土地の所有者、利用権者は、将来建物を新、改築する際に、本件指定に基づく壁面線の後退によって建物の建築面積が従前より大幅に狭隘となり(少ないもので一〇パーセント、多いものでおよそ五六パーセント減少する。)その土地、建物の利用に実質的な制約を受ける。このような制約の結果、原告らの営業が著しく困難になることは明白である。

なお、本件指定によっても建築物の全床面積は減少しないが、本件指定による一階の床面積の減少のためそこで店舗営業ができなくなったものは、建物を高層化して二階建以上にして営業を行わざるを得ないところ、一階と二階とでは客の出入りが全く異なり、したがって営業収益の面で大きな隔差が生じ、それが半永久的に継続することになれば莫大な損失を生ずる。更に、建物を高層化するにも、原告らは莫大な建築資金を負担しなければならないから、事実上それは不可能である。

このように、原告らは本件指定に基づく建物面積の縮少によって、営業の継続が困難になる等莫大な経済的損失を被むるにもかかわらず、本件指定には何らの補償もされないのであるから、本件指定は憲法二九条一、三項に反し、違法である。

(二) 本件指定区域内の土地、建物の所有者等は、本件指定に基づき現存建物が強制的に撤去されることはなく、将来の新、改築の際にその制約を受けるにすぎない。したがって、利害関係人のうち約四割を占める堅固建物の所有者等は、その建物の寿命から少くとも五、六十年間は新、改築の必要がないため、その間現存建物において営業活動を継続し得ることになり、本件指定に基づく経済的不利益が極めて少ない。

他方、非堅固建物の所有者等である原告ら利害関係人は、現存建物の状況にかんがみ、近い将来新、改築の必要に迫られ、その場合には前記のとおり著しい経済的打撃を被る。

したがって、本件指定は、その利害関係人の過半数に対して著しい制約を課する一方、その余の利害関係人に対してはその程度が極めて軽いという偏ぱな結果を招来するものであるから、憲法一四条の保障する平等原則に違反し、違法であるといわなければならない。

一〇  被告審査会の主張に対する原告らの反論

1  本件指定の行政処分性について

前記六2項と同じ。

2  審査請求期間について

(一) 本件公告の違法性

(1) そもそも公告とは、ある事項を文書によって広く一般公衆に知らしめ、これに対して権利行使又は異議申立ての機会を与えるための情報提供の手段、方法である。したがって、公告は周知性のある媒体によってなされることが肝要であり、特にある事項がその利害関係人の権利の制約、義務の設定等不利益を被らせる内容のものである場合には、利害関係人の権利保護のためにも、高度の周知性を有する媒体によって知らせる必要があるといわなければならず、単に一般的形式的に知り得る状態にあれば足りるというものではない。

(2) ところで本件公告が掲載された横浜市報は、被告市長が必要と認める者のほかは希望者に有料で配布されるもの(横浜市報発行規則六条)で、その発行部数は、わずか一五五〇部にすぎない。

(3) 他方昭和五三年の横浜市の人口は二六八万五八三七人であるから、右市報は市民一七三二・八人に一部の割合で、また一世帯当たりの人員を三・四五人とすると(昭和五〇年の全国平均値である。)、五〇二世帯に一部の割合で配布されているにすぎず、その周知性は極めて低く公告の機能を果たしていない。

(4) しかも本件指定は、利害関係人の所有土地又はその利用権を制限するなど財産権に対する重大な制約を課する行為であるから、それを公告するについては、周知性の高い媒体によってなされるべきものであるうえ、被告市長は、促進協議会等を通じて利害関係人等の氏名を確知し得たはずであるから、本件指定を利害関係人に対し郵便等により個別に通知することも容易であった。

(5) したがって本件公告は、その内容の重大性にもかかわらず、周知性の極めて低い前記市報によって行われたものであるから、建築基準法四六条三項所定の「公告」に相当せず、不適法である。よって原告らが、本件指定を昭和五三年六月五日には知り得たということはできない。

そうであれば、原告らが本件指定を知ったのは、早くとも昭和五三年一一月六日以降であるから、本件審査請求は、行審法一四条一項本文所定の審査請求期間を徒過していない。

(二) 教示の不存在

(1) 被告市長は、本件公告に際し、その利害関係人らに行審法五七条所定の教示をなすべき義務があったにもかかわらず、右義務に違背して何らの教示もしなかった。そのために原告らは、やむなく被告市長に対し、同法五八条一項に基づいて不服申立書を提出して本件審査請求を行った。

かような教示がなされていない以上、法的知識に乏しい原告らは、仮に本件指定がなされたことを知っていたとしても、これに対し、いつまでに誰に対し、いかなる方法で不服申立てをすべきであるかを知ることは極めて困難である。

(2) 同法五八条一項の不服申立制度は、かように教示を欠いたときの救済措置として設けられたものである。そして、右不服申立ての期間について、法律は特に規定していないし、また不服申立人らとしては、教示による具体的な不服申立期間、方法、手続を知らないのであるから、この場合に同法一四条を適用することは、救済措置として設けられた不服申立制度の意義を没却してしまうことになり、不当といわざるをえない。

よって、同法五八条一項に基づく不服申立てについては、同法一四条所定の審査請求期間の適用はなく、また法定の申立期間はないものと解さなければならないから、本件審査請求は、審査請求期間を徒過していない。

(三) 行審法一四条三項所定の期間の遵守

本件審査請求は、同法一四条三項所定の期間内になされたから、審査請求期間を徒過していない。

一一  原告らの反論に対する被告市長の認否及び再反論

1(一)  原告らの反論1(一)項の事実のうち、被告市長が本件公聴会につき横浜市報で開催の公告をし、個別的に通知しなかったこと、本件公聴会に横浜市の担当職員が一二名及び利害関係人が二二名出席したことは認め、その余の事実は否認する。

本件公聴会開催の公告は、横浜市報発行規則一条に基づき同市報に登載されて行われたのであるから、適法である。更に被告市長は、本件公聴会開催の旨を伝えるパンフレット八〇部を促進協議会を通じて地元関係者に配布し、本件公聴会当日には街頭放送で同会の場所、時間、本件指定の計画等を放送する等本件公聴会の開催を地元関係者に周知させた。

(二) 同1(二)項の事実は不知。

(三) 同1(三)項の事実のうち、本件公聴会の指定口述人が隋、小倉、高、大滝及び谷口の五名であったこと、大滝が陽華楼の従業員であって促進協議会の事務局長であったことは認め、その余の事実は否認する。

本件公聴会における指定口述人は、建築基準法に基づく横浜市公聴会規則二条に基づき、促進協議会役員及びその他の利害関係人の中から無作為抽出によって選定されたものである。そして、同会においては、指定口述人以外の出席者にも意見を求める等して賛否にかかわらず広く本件指定につき利害関係人の意見が求められた。

よって、本件公聴会は適法であり、何らの違法もない。

2(一)  同2(一)項のうち、壁面線の後退によって建物の建築面積が大幅に狭隘となることは否認し、その余は争う。

本件指定に基づく制限は、公共の福祉から認められる制限であって、財産権の侵害とはならない(憲法二九条三項参照)。また、本件指定によっても敷地の建ぺい率及び容積率は変更されないため、建物の延面積は減縮されない。むしろ、本件指定に基づく壁面線後退部分が道路としてみなされるため、建築基準法施行令一三五条に基づき、道路斜線制限に関する壁面位置の制限が緩和される。その結果建築物の高さも三メートル緩和され、建築設計における自由度を高める。

(二) 同2(二)項は争う。本件指定に基づく制限は、関係権利者に一様に同内容で課されるから、関係権利者間で右制限を具体的に受ける時期が異なるとしても、それは不平等ということはできない。

一二  原告らの反論に対する被告審査会の認否及び再反論

1  原告らの反論1項は争う。

2(一)(1) 同2(一)(1)項は認める。

(2) 同2(一)(2)項は認める。

(3) 同2(一)(3)項のうち、昭和五三年の横浜市の人口が二六八万五八三七人であることは不知。その余は争う。

(4) 同2(一)(4)項は争う。

(5) 同2(一)(5)項は争う。

(二) 同2(二)項は争う。その理由は次のとおりである。

(1) 本件指定は、処分を書面でする場合に当たらないから、被告市長に行審法五七条一項所定の教示の義務はない。よって原告らの本件審査請求も、同法五八条一項所定の不服申立書の提出に当たらない。

(2) 同法五八条には、教示を欠くときには審査庁に限らず、処分庁に対しても不服申立てができる旨を定めるに止まり、同法一四条の定める審査請求期間を延期する趣旨の規定はない。よってこの場合でも、審査請求期間については、同法一四条が適用されるべきである。

(三) 同2(三)項は争う。本件審査請求については、専ら行訴法一四条一項のみが適用され、同法同条三項が適用される余地はない。

第三証拠《省略》

理由

一  被告市長及び被告審査会に対する各請求の原因1、2項の各事実は、当事者間に争いがない。

二  まず、被告審査会は、本件審査請求が本件公告から六〇日を経過した後に申し立てられたものであるから不適法である旨主張するので検討する。

1  建築基準法四六条三項所定の公告の方法については法律に何らの定めがないところ、《証拠省略》によれば、横浜市行政に関する諸般の事項を一般の人に知らせる方法について、横浜市公告式条例に基づいて制定された横浜市報発行規則一条は、条例、規則、告示、公告、達、通達、その他の事項につき、同市発行の同市報に登載することによって行う旨定めていること、本件指定に係る本件公告もまた、昭和五三年六月五日発行の同市報に登載することによって行われたことが認められるから、本件公告は建築基準法四六条三項所定の公告の方式に欠けるところはないものというべきである。

ところで、建築基準法四六条三項により、特定行政庁のする壁面線の指定の効力が公告によって生ずることは明らかであるところ、壁面線の指定を公告によることとした趣旨は、右指定処分は、その性質上、利害関係を有する者全員について画一的に効力を生じさせることが不可欠であって、この場合には、通常、広範囲な土地を対象とするので利害関係を有する者も多数であり、しかも利害関係も厚薄があり、したがって、特定行政庁において利害関係を有する者を個別的かつ網羅的に確知することは不可能である(例えば、その中には所在の知れない者なども生じうる。)ので、利害関係を有する者が右指定のあったことを個別、具体的に知ったか否かに関わりなく、公告が適法になされたときに指定を知ったものとして一律にその効力を生じたものとすることとしたものと解される。そうすると、行審法一四条一項本文の不服申立期間は、右公告の日の翌日からこれを起算すべきものと解するのが相当である(なお、最高裁判所昭和二六年(オ)第三二六号同二七年一一月二八日第二小法廷判決・民集六巻一〇号一〇七三頁参照)。

してみると、本件指定に対する行政不服審査請求期間は、本件公告の日である昭和五三年六月五日の翌日から起算して六〇日以内であるところ、本件審査請求は、右期間を経過した後である同年一二月二三日に申し立てられたことは当事者間に争いがないから、行審法一四条一項本文に違背し、不適法であるといわなければならない。

2  仮に、建築基準法四六条一項による壁面線の指定に対する不服申立期間については公告の内容を知った日の翌日から起算するものとしても、本件審査請求は、以下の理由から、右申立期間を徒過している。

《証拠省略》を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。南門通りは、長さ約三二〇メートル、沿道の地権者総数約八〇名の商店街であるが、昭和五〇年ころは、近くの中華街大通りの商店街に比べて裏通りのように寂れた商店街であり、道路は、雨が降るとどろどろした状態になり、また、歩道と車道とがガードレールによって区分され、歩道部分には電柱、自動販売機が立ち並び、通学路としてはもちろん、歩行者の安全確保上からも問題があったこと、しかし、南門通りは横浜市内でも特に活況を呈している山下公園から元町に通ずる街路であったから、横浜市と住民とが協力して街づくりのために努力しさえすれば、商店街としても活況を呈するに至るであろうことは何人の目からも明らかであったこと、横浜市は当時「同市地域商店街づくり指導事業」実施要綱に基づいて商店街づくりを策定、指導していたので、同市としても、国鉄石川町駅から元町までの石川町商店街と元町から山下町公園に通じる中華街東門までの南門通り商店街について、壁面線の後退による商店街づくりを指導することになり、被告市長は、南門通り商店街については、昭和五一年九月一三日及び同月二二日の二回にわたり、関係者との懇談会及び打合会を開催したこと、南門通り商店街の関係者は、これに共鳴し、同五一年一〇月二六日、同通りの街づくり事業を促進する地元組織として促進協議会を設立し、約七七名程の関係権利者が入会し、街づくりの実現に協力することになったこと、右街づくりは、南門通りの将来の発展に関わる大事業であるため、同三二年になされた元町商店街づくりを参考としたこと(国鉄石川町駅から元町までの石川町商店街づくりも同様であった。)、元町商店街づくりは、壁面線後退の手法を取り入れ、成功したものであること、そこで、地元関係者のうち少なくとも五七名が促進協議会に対し壁面線後退についての同意書を提出し、その中には原告宮崎信彦ほか一一名の原告が含まれていること、横浜市は、同五二年九月ころ、地元からの申入れに基づいて南門通り商店街を前記実施要綱によるモデル商店街と指定したうえ、促進協議会とも協議し、南門通りの街づくりについても、プロムナード事業の一環として、道路の境界線から水平距離で二メートル、地盤面から高さ三メートルにわたり壁面を後退させることによって歩道を拡幅したうえ、舗装工事等をして魅力のある街づくりをすることを決定したこと、南門通りの沿道には相当の空地があり、これが駐車場敷地として利用されている状況にあったから、右壁面線の後退による街づくりを進める上においても好都合であったこと、横浜市は、地元関係者との協議会、打合会その他の会合を通じて右壁面線の後退の趣旨及びプロムナード事業の内容を説明すると共に、職員一名を地元に常駐して右説明に当らせ、更に同五二年六月ころには壁面線の後退を含むプロムナード事業の絵図面を現地の建物の窓ガラスに貼るなどして関係者の理解を深める努力をした結果、大部分の関係者は本件壁面線の指定を含むプロムナード事業に賛同し、協力するようになったこと、特に地元関係者は、壁面線の後退については、将来の新、改築の際に問題になるということ、同後退によっては容積率が減少しないこと、敷地面積が少ない場合には共同建築などを考える必要のあることなどを理解し、同商店街の発展とこれに伴なう個々人の将来における生活利益の向上に期待してこれに賛同するに至ったものであること、他方、横浜市は、同五二年初めころから、南門通りの舗装工事等に着工し、下水道、水道及びガス管等をも地下に埋設し、また歩道には絵タイルを張り付けるなどしたが、同年一一月ころには右工事も完成したことに伴ない、同通りの商店街としての雰囲気も一新し、将来、更に、右のとおりの壁面線の後退がなされ、歩道が拡幅されるならば、同通りは横浜市内でも極めて魅力のある商店街の一つとして発展する可能性がはっきりしてきたこと、そして、同五二年五月には、訴外陳徳光が、同年九月には、原告坂木清が、更に、同年一〇月には訴外豊野谷矯明が、横浜市建築主事の行政指導等に従い、いずれも本件壁面線どおり一階の壁面を道路から二メートル後退させることを内容とする建築確認をえて建物を新築したこと、したがって、同五三年二月二四日の南門通り街づくりについての懇談会が終了した段階においては、関係者は前記壁面線後退に賛成していたこと、国鉄石川町駅から元町までの石川町商店街の壁面線後退の指定処分は同五二年七月ころなされていること、そこで、被告市長は、同五三年四月二四日、右壁面線後退についての公聴会を開催したこと、その際には、出席者の中から、本件壁面線指定の趣旨が関係権利者に周知され、すでにその内容に従った建物が新築されているのであるから、今更、建築基準法所定の手続を経る必要はないのではないかとの意見さえも出たほどであること、同五三年五月一六日付読売新聞は、同月一五日の被告審査会において本件指定を決定した旨報道したこと、横浜市は、同五三年六月五日ころ、促進協議会理事長に対し、本件公告を登載した横浜市報五〇部程を手渡し、同理事長は、そのころこれを関係権利者に配布したこと、同年六月一五日、地元において総会が開催され、横浜市側から本件指定がなされた旨報告されたこと、本件指定後の同五四年一月には訴外平岩理男が、同年同月には同允起が、同五五年六月には同龍門商事株式会社が、同年一〇月には同谷口清次郎が、同三木商事株式会社と共同して、同五六年六月には同陳海蓮が、いずれも本件指定に従った建築確認をえて建物を新築していること。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、原告らは、昭和五三年六月一五日ころには本件指定があったことを知っていたものと推認するのが相当である。

なお、《証拠省略》中の本件指定のあったことなどを全く知らなかった旨の記載は、前記認定事実に加え、《証拠省略》によれば、右各書面は周りの者の誘いにのって作成されたことが認められるから、にわかに信用することができず、その他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、本件審査請求には不服申立期間を徒過した違法があり、不適法であるといわざるをえない。

3  なお、行訴法一四条一項ただし書所定の「やむをえない理由」とは、審査請求人が同項本文所定の期間内に審査請求ができなかったことにつき、審査請求人の責に帰せられない客観的理由と解さなければならないところ、前項で認定判示した事実に照らすと、原告らに右やむをえない理由を到底認めることもできない。

4  更に、原告らは、本件指定に教示がされなかったので、行審法五八条一項に基づいて本件指定に対する不服申立てをしたのであり、このような場合の不服申立てには、同法一四条所定の審査請求期間が適用されない旨主張するので、判断する。

本件指定は、同法五七条一項所定の処分を書面でする場合には当たらないから、本件指定に教示がされていないとしても、被告市長に同条同項所定の教示義務の懈怠はない。したがって、本件審査請求は、同法一七条一項によってなされた審査請求であって、同法五八条一項による不服申立てには当たらないといわざるを得ない。更に同法五八条一項は、処分庁が教示を怠った場合の被処分者に対する救済規定ではあるが、審査請求期間については別段の定めがされていないから、同条同項所定の不服申立てについても同法一四条所定の審査請求期間が適用されると解さなければならない。したがって、原告らの前記主張は、到底採用することができない。

5  次いで、原告らは、本件審査請求は同法一四条三項所定の審査請求期間内に提起されたから適法である旨主張するが、同条同項はいわば客観的な審査請求期間を定めたものであって、被処分者の知・不知にかかわらず、処分のあった日の翌日から起算して一年を経過すれば審査請求をし得なくする規定であるところ、前記説示のとおり本件指定は本件公告の日である昭和五三年六月五日に原告らに知られたものとみなされるから、本件審査請求には専ら同法一四条一項が適用されるものであり、原告らの右主張は失当であるといわなければならない。

以上によれば、本件指定が行政不服審査の対象となる処分に当たるか否かを判断するまでもなく、本件審査請求を却下した本件裁決は相当であるから、原告らの被告審査会に対する請求は理由がない。

三  被告市長の本案前の主張2項について検討する。

建築基準法の規定による特定行政庁の処分に対する抗告訴訟は、当該処分についての審査請求に対する建築審査会の裁決を経た後でなければ、提起することができない(同法九六条)ところ、当該処分に対する審査請求が不適法として却下され、かつ、その却下裁決が正当である場合には、当該処分に対する抗告訴訟は、裁決前置の目的である建築審査会による実質審査を経ていないのであるから、不適法であると解さなければならない(最高裁判所(オ)第二五一号同三〇年一月二八日第二小法廷判決・民集九巻一号六〇頁参照)。

してみると、本件指定の取消しを求める原告らの被告市長に対する訴えは、前項判示のとおり本件審査請求を不適法として却下した本件裁決が正当であると解されるから、本件指定が抗告訴訟の対象となる処分に当たるか否かを判断するまでもなく、不適法であるといわなければならない。

よって、原告らの被告市長に対する訴えは、その余の点を判断するまでもなく却下を免れない。

四  結論

以上によれば、原告らの被告市長に対する訴えは不適法であるからこれをいずれも却下し、原告らの被告審査会に対する請求は理由がないからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 古館清吾 裁判官 吉戒修一 山崎善久)

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